2013年12月12日木曜日

2006年10月-12月

2006年10月8日(日)
9時に成合運動公園に集合し、琴平まで32号線を往復する練習会をしました。刈り入れ前の稲穂の香りに深まる秋を実感しました。往復45kmをなんとか走りきりましたが、一人練習では無理だったように思います。羽床富士も讃岐富士もきれいでした。今月の走行距離=104km

羽床富士が見える

2006年10月9日(月:体育の日)
高松グランドカントリー
今日はゴルフにいきました。オフィシャルハンディー21のへぼですが、走るのとはまた違った楽しさがあります。昨日 一緒に走った仲間も今日はゴルフ仲間です。空には鱗雲、その下に茅葺き屋根の茶屋があり、趣のある一日でした。帰宅後3kmほどジョグしました。



2006年10月14日(土)
午前中の診療を終えて、午後のマリンライナーで高野山に向かいました。今年で20回目ながら最後の大会となる高野山-和歌山城往復マラソンに出場するためです。といっても復路だけですが。新大阪から御堂筋線で動物園前下車、南海電車を乗り継いでケーブルで高野山駅に着いたのは午後7時半ごろでした。あたりは真っ暗。宿坊の報恩院の暖かいおもてなし、精進料理のおいしさや山中ならではの冷え込みが新鮮でした。
泊まった宿坊
夕食はこんなに豪華



林さんご夫妻とともに

2006年10月15日(日)
一夜明けると快晴!6時に朝食をすませ、7時スタートの大門に向かいました。腰痛で出場が心配だった林さんもなんとか大丈夫なようで安心しました。一の橋を折り返して大門からの下りに入る頃には往路のランナーがぞくぞくとあがってきます。こんな急坂を走ってのぼってくるとは・・・驚きです。単純な下りばかりだと想像していたのにアップダウンが連続したり、きし川以後は日陰のない直線道路が続いたりと、シビアなコースでした。でも楽しい一日を過ごせました。6時間55分45秒はちょっと不満でしたが。
スタート前に
2006年10月22日(日)
今年も大阪ミント三時間走がやってきた。3時間走り、3時間宴会をするというのも非常に楽しい企画だが、スタッフのサービス精神旺盛な心意気がうれしい。午前9時、ぼちぼち日差しが強くなる中、スタートしたが、途中で右膝が痛くなり、おもいっきりペースダウンしてしまった。先週の高野山のダメージが残っていたという言い訳をしたくなる。3時間で28.5km。かなり不満の残るランであった。
見よ、この疲れ切った情けない顔!

2006年11月3日(金)文化の日
快晴。午前8時に八栗のマルヨシセンターに集合し、庵治半島を二周することになりました。ところが行ってみると山下さんは5時半からすでに一周すませたとのこと。すぐに二周目に突入です。山下さんの気力に衝撃を受け、私は一周を終えた後、修行のつもりで二周目を走りました。今日一日で46.5km走りました。

2006年11月5日(日)
夕べはちょっと疲れが出て今朝まで12時間睡眠でした。10時半頃元気が出てきて、天気もいいし、クリニックまで走っていきました。事務的な仕事を終え、来た道をまた走って帰りました。いつもの通勤ランと行程でした。霞のかかった屋島が小春日和を感じさせてくれました。

2006年11月10日(金)
今日は須磨久善先生の講演があるので、診療終了後急いで書類書きを終えて走って家に帰り、タクシーで会場に駆けつけた。心不全の外科的治療で世界に先駆けて左室形成術を発展させた有名な先生は最初からオーラを放っていた。その積極的でかつ謙虚、真摯な姿勢に大いに感激した。自分が心臓外科から離れてもう10年以上になるから、もはや心臓外科の世界には戻れない。今の自分には静脈疾患の治療しかないからこの世界でしっかりがんばろうと意を決した一日でした。今月の走行距離=108km

2006年11月11日(土)
48歳の誕生日 始業前に職員がケーキで祝ってくれました。ありがたい!今日は久しぶりの雨。昨夜は深夜に激しい雷でした。午前中の診療が終わったのが1時前で、その後往診に向かいました。人生の終末を迎えようとするご老人は自宅でご家族が大事に看ておられます。人の最期はいろいろあれど、幸せな最期とはなにかを考えさせられる毎日です。帰宅して日が暮れた後、風の強い中を4kmほど走りました。今月の走行距離=112km

2006年11月25日(土)
夕方、在宅診療していたご老人が亡くなられた。家族の人が、気がついたら冷たくなっていたと電話してきたのだが、典型的な老衰で消えるように旅立たれたようだ。いままでいろんな死に立ち会ってきたが、最近は死亡診断書に老衰と書くとき、ちょっとほっとしてしまう。幸せな死に方があるとすればそれは老衰ではないだろうか。

2006年11月26日(日)
開会式
今日は小豆島タートルマラソンの日。午前7時20分の土庄港行きフェリーに乗りました。いつもながら中はランナーと応援の人で満席。床に大勢座り込んでいます。スタート時は薄日が見える状態でしたが、12時頃からポツポツしはじめ、ゴールする頃には冷たい雨になりました。同行の仲間達もそれぞれに全力を尽くし、満足したり悔しがったり様々でした。みんな完走できてよかった。私は4時間17分20秒で総合370位でした。
仲間とともに
2006年12月04日(月)
もう師走に入りました。このところ急に寒さが増し、走るにも一枚多く着ないといけません。その寒波の中、福岡国際ではゲブレシラシエが前評判通り優勝しましたね。私とほとんど同じ体格ながら倍の速さで走れるのが不思議で仕方ありません。それにしても33歳とは思えない老けた顔ですね。失礼。

2006年12月9日(土)
土曜日の午後、1時半にクリニックから集団走しました。高速道路の下を東に向かって25kmほどの予定でしたが、すぐに雨が降り始め、土砂降りとなりました。薄着で震える人もいたため、10kmほどでやめて電車で帰って参りました。来年の宮古島を控え、体調を崩しては元もこもありませんから、賢明な判断だったかなと自画自賛しています。夜はその仲間達と忘年会しました。

2006年12月13日(水)
朝から雨模様。午後は休診。土砂降りではないし、今日こそは走っておかないといけないという焦燥感もあって午後2時半から屋島を一周しました。Nike+ipod nanoを使って測定した距離は16.99kmでした。雨中のランは自分の世界に浸れるのでいいもんです。

2006年12月22日(金)
あっという間に日が過ぎてしまう今日このごろです。嘔吐下痢にかかったり、UMMLのシステムがトラブってその対応に追われているうちにあっという間にクリスマスが近づいてきました。このところほとんど走れていません。体調が悪いときにアクシデントが重なると気が滅入りますね。それでも体調が回復し、UMMLも再開できそうな雰囲気になってきて今日は明るい気持ちです。明日から連休。また走れそうな予感がします。

2006年12月23日(土)
一週間ぶりの走りになりました。午前8時から屋島を一周。佐々木さん、高橋さんとともにLSDができました。宮古島まであと三週間。筋力低下をひしひしと感じますが、本番まで自分にできることをするしかありません。

2006年12月25日(日)
どうやら新しいUMMLの再出発ができました。以前の環境がだめになったあと、多くの皆さんから暖かい励ましのお言葉をいただきました。この支えがなかったらくじけていたかもしれません。多くの皆さんが楽しみにしてくれていることをあらためて実感した次第です。

2006年12月31日(日)
今年も大晦日となりました。仕事納めを終えて終わりよければすべてよし、とばかりに昨日と今日は屋島を一周しました。晴れの穏やかな天気でした。これで今月は125.89km.今年一年は2100.25kmとなりました。来年早々には宮古島遠足があります。たくさんのアムラーさんにお会いしたいと思います。















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